四十九日までに・・・せっかくの2か月間を

2015年11月03日

昨日の続きです。


7月17日、墨田の病院からきんときが危ないと連絡が入りあわてて病院へ。
でも到着した時、きんときは持ち直し、お家へ連れて帰ることが出来ました。

私たちは現場を見てませんが、きんときは入院中痙攣をおこしたので
処方されたお薬の中に、抗痙攣薬が入っていました。
このお薬のため、数日間夜中になるときんときは呼吸が怪しくなり心配しましたが、
食欲は普通で、過ごしていました。

でも、それから一週間ほどたつと偏食が始まりました。
飲ませていた抗痙攣薬の副作用に、炎症性腸炎の発症というのがあったのでした。
いつものご飯を残し始めました。
それならと手作り食をはじめたのですが、
昨日食べたものも、今日は食べない・・・
そして、どんどん食べてくれるものが少なくなっていきました。

少しでも栄養をと、ニュートリカルやカロリーエースなどを食べさせていましたが、
病院での血液検査で膵臓の数値が上がっていることが分かり、
高脂肪のこれらのものは、食べさせられなくなりなした。
それで低脂肪の消化器療法食の缶詰を食べさせるようにしたり、
先生が考えてくださったサプリを入れたささ身と白米のご飯にしたりしましたが、
日に日に食べなくなりました。

もう、その時のきんときの内臓はダメージを受けていて
食べられる状態ではなかったのでしょう。

それなのに、「老犬が食べなくなったら、死んでしまう。」と無理やり食べさせていました。
きんときは、また蘇って元気になるのだという私たちの妄信からです。

そして食欲の不振だけではなくて、腸の症状が出てきました。
7月の下旬頃からは軟便となり、
そらからお下痢が続くようになりました。
きんときは胃腸が丈夫な子でした。
そんなきんときが、いくら下痢止めのお薬を飲ませても、
腸の動きを穏やかにするお薬を飲ませても、止まることはありませんでした。

食べられず、お下痢が続く・・・
ほんとうに、薬の副作用は恐ろしいものです。

もういい加減に、きんときの寿命が近いことが分かってもいいはずでした。
それなのに私たちは、「きんときは回復するのだ。」と思い続けていたのです。

医療は万能ではありません。
いくらお薬を飲ませても、治らないものは治らない。
いくら最先端の医療でも治せないことはある。
そうじゃなかったら、病気で亡くなる人はいませんから。
そんなことも分からずに・・・


食べたくないのに、食べさせた。

ただ、自分たちがきんときを手放したくないという身勝手な気持ちからです。
今になると、なぜ気づかなかったのだろうかと悔やまれてなりません。

本当の愛情があったのなら、
食べなくて死期が一週間、二週間早くなっても自然に旅立たせるべきだったのに。

神様は、7月16、17日の急変でそのままお空へ連れて行かず、
2か月間の準備期間をくださったのに、
私たちは、その2か月間を只々、きんときを苦しめることに使ったようなものでした。

東京の漢方の病院までも連れて行き、
8月末からは毎週墨田の病院へと通い、きんときの体力を消耗させ、
おまけに近所の病院へも通っていました。
9月に入ってからは、8月に通っていた近所の病院をやめ(とても嫌な思いをしたので)
隣の市だけれど、我が家から近い違う近所の病院へと連日点滴に通いました。
もう冷静になって考えていたら、きんときの命の火はもうじき消えることは分かるはずなのに。
亡くなる先日の19日まで、午前中は近所の病院で点滴を受けさせ、
午後からは墨田の病院へと一日に2か所の病院へ連れて行ったのでした。
きんときを手放したくない一心から。
自分たちの我儘から。

なんてひどい事をしたのかと、今も申し訳ない気持ちでいっぱいです。


g1103aきんとき



そして
きんときが亡くなる当日、かあさまはとんでもない事をしてしまいました。

長くなるので明日に続きます。


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